こちらは東京大学農学生命科学研究科農学国際専攻国際水産開発学研究室のホームページです。

驚きのWTO判決

2019年04月13日

 

 

 

2019年4月11日に世界貿易機構(WTO)の、日本産の水産物を禁輸するなどしていた韓国の措置が、条約に照らせば違法性はないとする最終判決について、八木教授の解説です。

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驚きのWTO判決

 

2019411日、世界貿易機関(WTO)は日本産の水産物を禁輸するなどしていた韓国の措置が、条約に照らせば違法性はないとする判決を下しました。翌12日の夜7時と夜9時のNHKニュースでは私のインタビューが取り上げられましたが、ここで改めて私の考えを説明したいと思います。

 

まず、WTOは貿易自由化を目的とする国際条約です。したがって必要以上に厳しい貿易制限をかけてはならないことになっています。日本の主張は、大まかにいうと、2011年の原発事故後、日本国内で流通する水産物を日本政府は厳しい基準(具体的には1キロあたり100ベクレルを超える放射性セシウムを含有した水産物は流通させないという基準)を設けて規制していること、また、このように厳しい日本の基準に適合した水産物を輸出するのは正当な行為であること、それにもかかわらず韓国が禁輸しているのは必要以上に厳しい制限でありWTOルール違反だ、という趣旨です。

 

一方で韓国の主張は、大まかにいうと、韓国の基準は(1)人間が受ける放射線量は年間1ミリシーベルト以下であること、(2)放射線量はできるだけ低い水準に抑えること、(3)放射線量は通常の環境における水準を超えないことであり、日本の水準がこれに合致するか確証がないので貿易制限をかけているのだ、との趣旨です。WTOルールでは、人間や動植物の生命健康を保護するための貿易制限は合理的な範囲内で認められるというルールがあります。韓国は、このルールを使って、日本産の水産物に対して課している禁輸措置は正当化できるとの主張を行いました。

 

双方の主張を聞いた上で、2018年にWTO小委員会(パネル)は判断内容を公表しました。ここでは日本の主張が大筋で認められ、韓国の禁輸の方が正当化できないというものでした。パネルでは、食品1キロあたり100ベクレルを超える放射性セシウムを含有しないことという日本の基準は、放射線量が年間1ミリシーベルト以下であるべきとする韓国の基準よりも、計算上は厳しい内容になっているとされたことが効いていました。

 

しかし、今回2019411日に公表されたWTO上級委員会の報告は、韓国の禁輸はWTO違反には問えないという内容でした。上級委の判決文には、韓国の基準は3つあったにも関わらず、パネルは放射線量は年間1ミリシーベルト以下とするという部分だけを見ており、残りの2つ(放射線量は通常の環境における水準を超えないこと、放射線量はできるだけ低い水準に抑えること)を軽視していた点で、パネルの認識が間違っていたという趣旨が書かれています。こうして、パネルの判断が上級委員会で覆されたのです。

 

これには関係者一同が驚きました。パネルと上級委員会の判断が、なぜこうも180度違う内容になってしまったのかもよく分かりません。ただ敢えて考えてみると、次の理由が思い浮かびます。

 

小委員会は、WTO事務局があるスイスのジュネーブに駐在している各国の外交官(大使など)やその他の専門家などがメンバーになり、訴えの当事国からの主張を聞きながら議論をする組織です。私も別の案件でジュネーブでWTO小委員会の議論に参加したこともあります。小委員会メンバーは、WTOの条約に一応精通してはいますが、条約の法律的な解釈だけではなく、実態も勘案しながら常識的な議論をしようという態度の人が多いように思います。今回は私は小委員会に出席していませんから断定的な話はできませんが、おそらく小委員会のメンバーは、事故後何年も経過して水産物の放射性物質の濃度が下がっているという「実態」を常識的に見ながら、韓国の禁輸は厳しすぎるのではないかとの判断を下したのではないかと思われます。

 

ところが、WTO上級委は、世界の中から選りすぐりの法律家によって構成されています。判断基準は、「実態」を常識的に判断するよりも、WTO条約の枠組みを精密に解釈して法律論として正しい結論を導き出そうという性格が強かったのだと思います。そして、韓国の主張を厳密に解釈すれば、韓国の禁輸措置がWTOルールに抵触しているとの断定は難しいと考えたものと思われます。

 

残念ですが、WTOは上級委の決定が最終決定になりますから、今回の案件では、これ以上は覆りません。

 

日本政府は4月12日、「敗訴との指摘は当たらない」とのコメントを出しましたが、そうなのでしょうか。まず、食品1キロあたり100ベクレルを超える放射性セシウムを含有しないようにするという日本の基準は、放射線量は年間1ミリシーベルト以下にするという韓国の基準よりも厳しいものだというパネルの認定は今でもそのまま残っていますから、WTOで日本の基準が不十分であると今回見なされたわけではありません。確かにこの部分に注目すれば、敗訴とまではいえないでしょう。しかし、実態として韓国の禁輸が続くわけですから、WTO提訴によっても事態の改善がなされなかった点は、やはり重く受け止める必要があると思います。

 

それでは、今後、日本はどうすればよいのでしょうか?

 

まず、この問題は時間が解決するということを忘れず、落ち着いて行動すべきです。事故後、海水や水産物の放射性セシウムの濃度は着実に低下し、既に2013年には問題ないレベルまで下がっています。特に2015年以降は放射性セシウムの濃度ほぼゼロといってよいレベルです。今後も放射性物質の濃度は更に低下するでしょう。韓国も、このような禁輸措置を何年も延長して正当化することはできません。いずれ時間が経てば、韓国は規制を撤回しなければならない時が来るでしょう。

 

 

しかし、日本国内の水産関係者などには、生活がかかっているのでそのような悠長な話では困るという声もあるでしょう。これも当然の主張であり、日本の国内的な話では、汚染を引き起こした東京電力に対して引き続き責任を全うするよう求めてしかるべきです。しかし、国際的には微妙な問題になります。というのも、国際的には日本は原発事故を起こし、汚染を引き起こした当事者であるからです。日本は、汚染の当事者として、国際社会に対して汚染の現状や廃炉に向けた状況などについて、丁寧な説明を行っていくことが今後も求められていくと思います。こうして関係各国としっかりと信頼関係を醸成していくことが重要な課題となっていることを、今後も日本政府は肝に銘じておく必要があるでしょう。

 


 
 


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